譜久山仁 の 第3診察室

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ジューンベリー

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庭のジューンベリーが実りました。

和名は「アメリカザイフリボク」といいますが、
6月に実ができることから、ジューンベリーという名称がついたそうです。

真っ赤に熟すと、小鳥たちが食べに来ます。
草木で季節の移り変わりが楽しめます。

明日からはいよいよJune ですね。
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by fkymhts | 2013-05-31 06:43

家で過ごしたくないですか?

 家で過ごす、ということは、いつごろから難しくなるのでしょう。
自分ひとりでご飯を食べることができ、トイレに行け、お風呂に入ることができれば、
家で過ごすのは問題ないでしょう。
自分ひとりでできなくても、サポートしてくれる人が居れば、家で過ごすことはできます。
その能力が無くなり、サポートが得られなくなった時、
家で過ごすことが困難になるのでしょう。

 病気により家で過ごす能力が損なわれた際に、その能力を回復するために病院は必要です。
しかし、残念ながら治療によっても回復が期待できず、徐々に身体が弱っていき死が避けられない状態になった時には、病院は人が亡くなるのには相応しい場所ではないように思います。
 病院の療養環境の改善は勿論大切ですが、家で最期を迎える、家族で過ごす最後の時間をもつ事を
患者さん、ご家族、医療者で話し合う事は、患者さんご本人の意思を尊重する上で何よりも大切だと思います。

 あなたは、最期の時を、どこで、誰と、どのように過ごしたいですか?
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by fkymhts | 2013-05-19 17:49 | 白衣を脱いで

居ないんだ

大切なご家族を亡くされた方が、病院にご挨拶に来てくださることがあります。

ご主人を亡くされたMさんの言葉が、胸に響きました。

「居ないんだ」
と、自分に言って聞かせて、
居ないんだ
とわかるんです。

頭でわかっていても、こころでわかるのには時間がかかるのでしょう。

ゆっくり、ゆっくり、と、こころが落ち着きますように。
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by fkymhts | 2013-05-16 15:18

小学校って、何するところ?

小学校での教育に問題があるというお話を聞きました。
問題がないところ、というのはあり得ないでしょうが、そもそも、小学校は何を学ぶ所か、という問いにとてもわかりやすい答えがありました。

「人物を創る人間学」より

小学とは小人の学であります。小人には子供とかつまらない人という意味もありますが、ここでいう小人は、一般の人と言う意味。人間として誰もが、いつでもどこでも、わきまえておくべき基本的なことを学んでいく学問を小学といいます。
小学という言葉は、言い換えると尋常、あるいは常識ということです。つまり、小学校とは常識を身につける学校なのです。
私どもが子供の頃には、小学校の上に尋常が付き尋常小学校と言いました。小学校のなすべき目標が明確に示されていたのです。
中略
上に尋常とついてから小学校というところは、個人としても、社会人としても、これだけは身につけておかなければならない基本的なことを学ぶところだと、一目でわかったのです。

引用終わり

そういえば、
「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」
という本がありましたね。

小学校は、基本的なことを学び、集団の中で実践することによって単に知識を得るのではなく、体得する貴重な場、だと思うのです。
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by fkymhts | 2013-05-09 15:41